感 謝
錦が丘三丁目 川田 昌史
明石魚住ライオンズクラブの神戸須磨での炊き出しに、ボランティアとしてわたしが参加させてもらった
のは一月二十九日。
当日の一行はライオンズクラブの会員とその家族、知人など十代後半から壮年の人まで男女四十人
程だったと記憶している。
食材はもちろん、鍋、釜、水、燃料、食器顆など一切を携えて昼過ぎに現地へ到着。
場所を移動し三ヵ所の避難所で、全員が夜九時頃まで冷たい風に身をさらしながら活動。
炊き出しの一方、飲料水やボランティアの人々が持ち寄った靴下、肌着などの衣料品の提供も行われ
た。だれ一人として指示や命令をしない。というより、その必要がなかった。
炊き出しに参加したすべての人が「被災者に喜んでもらえれば・・」という真心を胸に一生懸命。見事に
連携し、カレーライス、うどん、汁粉を調理していく手際のよさは鮮やかでる。
何より感動したのは、参加者すべてに気負ったところは一切無く、ボランティア活動を当然のことと受け
止め活動していたことである。
被災者の笑顔と感激の言葉がボランティアにとって最高の喜びとなっていた。
被災者は与えられて感謝した。
炊き出しに参加した私たちは与える喜びと満足感を味わった。
お金では買えない貴重な体験である。
いささか第三者的な感想となったが、今や死語となった「男子厨房に入らず」を当然のこととし、お米の
炊き方も知らない私に炊き出しボランティアのチャンスを与えてくれた明石魚住ライオンズクラブに感謝。 |
|
無限の力
高 尾 晴 義
平成7年1月17日午前5時46分、兵庫県南部を中心に大地震が起きてから、3ヶ月がたった今日。まだ
まだ被害者の生活もままならない中で、自衛隊並びにボランティアの撤退が進んでいる。
今、振り返ってみれば
魚住ライオンズクラブの炊き出しに参加し、いろんな避難所を訪れて私としては、この地震でいろいろな
人との触れ合いを経験し、数え切れないくらいの事を考え感じました。
『兄ちゃん、これほんまに、お金いらんのんか?』
『冷凍のうどんと、ちがうんか』
『ほんまもんの、うどんやみたいやな』
『あげや、ネギや、カマボコまではいっとるわ』
『あつあつの、うどんやわ』
『ほんまにありがとう、からだぬくもったわ』
『おおきに、ごちそうさまでした』
と云われたときは、「このクラブの炊き出しに参加したかいがあったなぁ」と思いました。
一生のうち、何度人の為に助け合いが出来るか。
私はこの地震で一生分、いや、それ以上の事をしたのではないか?と思う。
最後に、災害が起きて日常生活に支障をきたしたとき、人間は何が出来るか!?
一人では何も出来ない、かもしれないが
一人一人の助け合いが、無限の力を生むのではないかと、この炊き出しで深く感じた。 |
|
共に生かされて
浜西ゆうあい 増 田 つ よ み
あの大地震より三ヶ月が経とうとしている今も尚、五万五千人の方々が住む家もなく途方に暮れてい
ると聞きます。 人を助けるのは人しかいない。
今も別世界の出来事のように思い返される。
死傷者の数が増え続ける中、余震が続き、傾いていた家が追い討ちの衝撃を受け地響きを立てて倒
れていくとき、寒さと乏しい食糧、目に入る光景は惨く、悲しい‥‥。
そんな恐怖の毎日だったことを思い出します。
浜西ゆうあいの私達も、『何か役に立ちたい』と思っていた矢先に、お誘いを受けライオンズクラブの人
達と力を合わせ、須磨、板宿の避難場所へ炊き出しにいきました。
すぐにできる長い列に吹きたての熱々のご飯にカレーを求め、体に不向きな衣服をまとい、無言で並
ばれている人の手には黒ずんだ鍋。
これが“神戸?”と何度も何度も疑う自分。
“この食べ物を限りなく全員に差し上げることができたら‥‥”
と祈りながら無我夢中でパックにご飯を入れました。
それにしても、ライオンズクラブの方々の準備万端と手際の良さ、男性であるにもかかわらず、それぞ
れの持ち場へのこまやかな心遣い、惜しみないボランティア精神、本当に頭が下がりました。
テレビ、新聞に報じられる復興と足音、様々なドラマが生まれた中、人々は動き始め、神戸の町を生き
返らせようと必死です。
人間で有る限り、小さなことにでも役に立ち、人の暖かさを知ることにより、『共に生かされている』と言
うことを再認識させられました。
ライオンズクラブの方々に感謝を申し上げ、あのとき同じ気持ちで頑張りあった皆様の、ご活躍とご健
勝を心よりお祈り致します。 |
|
私とボランティア
久寿米木 富 江
この震災でよく使われる言葉「ボランティア」。
恥ずかしながら、この言葉。暇とお金のある人のものと思っていました。
大震災という想像を絶する被害を眼にした時、自然に“困っている人を助けたい”と思いました。
誰もがそう思われたことでしょう。
自分に出来ることがあれば、この人たちの「ありがとう」が聞きたい‥‥
安らぎの時間をほんの一瞬でも与えてあげたい‥‥
いつもまにか私自身、被災された方々と同じ立場になって体が動いて行きました。
テレビや新聞などを見ておりますと、多くのボランティアの方々の献身的な活躍ぶりがとりあげられ、
幾度となく涙を誘われます。
私のボランティア活動とは比べものにならないくらいの活動をされています。
でも私は私なりに満足致しました。
私の作った おはぎ しるこ クレープ ドーナツ とてもとてもお店には出せないとうな品物でしたが、
それでも“喜んでいただけた”と実感しました。
私はこの活動によって、「ボランティア」という遠い存在だった言葉がとても身近に感じる
ことができ、救う側にいるはずの自分が逆に救われました。
私の子供も親の姿を眺めていました。
『何かを感じてくれたかしら‥』
これからは、私も子供もボランティアを身近なものとして、すんなりと行動できるでしょう。
いつまた、どこで起こるかわからない震災。
もしかしたら‥‥?
今度は私が「ありがとう」と言う立場になるかもしれません。 |
|